斉木京の怪談

私が聞き集めた怖い話

心臓を掴む手

 三十代の男性、Jさんはもともと幽霊や怪談を信じない方だという。

しかし、一度だけ不可解な出来事に遭遇したことがある。

数年前、付き合っていた女性の家に初めて泊まりに行くことになったが、彼女から奇妙な話を聞かされた。

彼女はアパートの一室で一人暮らしをしていたが、真夜中に眠っていると何かが度々部屋の中に忍び入ってくるらしい。

それは、のそのそと床を這いながらベッドまで近づき、決まって寝ている彼女の胸の上に伸し掛かってくるという。

やがて布団や服を透過するようにして、ひどく冷たいものが彼女の左胸に押し当てられる。

彼女はその形から、とても小さな子供の手であると直感した。

その氷のように冷たい手は、ずずずっと皮膚をもすり抜けて心臓を掴もうとするかのように深く入り込んでくるのだという。

Jさんは初めはその話を鼻で笑った。

しかし、その夜遅く彼女と一緒にベッドで寝ていると突然彼女が悲鳴をあげて跳ね起きた。

深く寝入っていたJさんも驚いて起きると、急いで部屋の灯を点けた。

「あれが、来た…」

怯えた表情の彼女が震える声で告げた。

昼間話していた何かが現れたのだという。

部屋の中を見回してみると二人しかいなかったが、なぜかベッドの横の床がぐっしょりと濡れていた。

これにはJさんも薄ら寒い気持ちになったそうだ。

近くで水死した子供がいて人肌恋しくて寄ってきたのではないか──。

彼女は何となくそんな気がするのだという。

後日、二人で不動産管理会社を訪れて色々と聞いてみたが、そのような事故や事件は周辺では起きていないという話だった。

今ではJさんはその彼女とは別れてしまったそうだ。